ホームレス問題について知りたい方へ

tenohasi てのはし特定非営利活動法人 TENOHASI池袋で、ホームレス状態の方々と出会い、つながり、
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ホームレス問題について知りたい方へ

なぜ「ホームレス」が生まれるのか、なぜ抜け出せないのか

「ホームレス」って誰?

日本では、いわゆる路上生活者を指して「ホームレス」と呼んでいます。
しかし、私たちは、ネットカフェやファストフード店・友人宅や飯場などに寝泊まりされている方も含めて、「居場所をすでに失った」、あるいは「現在失いつつある」すべての人たちを、「ホームレス」または「ホームレス状態の方々」ととらえています。
*英語のhomelessは「ホームがない」状態を指す形容詞で、人を指す言葉ではありません。そのため、ここでは”ホームレス状態の方”を指すときは、カッコ付きの「ホームレス」を使います。
私たちの考えでは、「ホームレス」の方々を最大限大ざっぱに分けると次の2タイプとなります。

Aタイプ…働いていて自活していたが何らかの理由で失業し、家賃が払えなくなった時点で頼れるところがなく野宿を始めた方。Bタイプ…障がい、虐待、いじめなど何らかの生きづらさから実家などで暮らして(ときには引きこもって)いたが、親の死や家族との仲違いなどで家をなくし路上生活になった方。

AもBも「ホーム」を失う前に「ファミリー」を失っていることは共通しています。そして、まがりなりにも働いて自立生活を送っていたAのタイプの方は減りつつあり、Bのタイプの方が増える傾向にあります。

なぜ「ホームレス」になるの?

☆「ホームレス」になったきっかけをAタイプの方に聞いてみました。
Bタイプの方は 9 ぷろふぃーる でご紹介します。

☆派遣で働いていたけれど、解雇され、次の仕事も見つからなくて最初はネットカフェ暮らし、そのお金もつきて野宿になりました(40代男性)

☆建築現場のとび職として働いていたけれど、怪我をして働けなくなりました。ほかの現場仕事を探したけれど不景気で雇ってくれるところがなく、路上生活になりました(60代男性)

☆10年以上、同じ飲食店で働いていて、このままずっと働けると思っていました。しかし不景気で店がつぶれ、ほかに雇ってくれる店もなく、アパートの家賃が払えなくなって路上生活になりました(40代男性)

☆家が貧しくて高校を中退して上京。正社員になりたかったけれどもどこも雇ってくれず、アルバイトを転々としているうちに病気になってアパートの家賃を払えなくなり、「ホームレス」になりました(30代男性)。

☆公務員でした。投資に失敗して借金を返せなくなり、公金に手を出して逮捕。家族とは縁を切られ、出所後、「ホームレス」になりました(50代男性)

☆年金でアパートを借りて生活していました。しかし認知症になって入院中にアパートの契約を解除されてしまい、年金の通帳は親族が握っているので帰るところがなくなり、野宿になりました(70代男性)

☆家族を介護して生活が困窮しました。公営住宅で両親の介護をしていましたが医療費が足りず借金を負ってしまい、両親の死後、家賃が払えなくなって強制退去になりました。そのときに役所に相談しても何もしてくれませんでした。(60代男性)

〜POINT〜ホームレス状態になってしまった原因は1人1人、皆違い、さまざまな問題が関係しています。日本のあらゆる社会問題が「制度の谷間」を生み、そこに落ちた人が「ホームレス」になっています。こうなってしまう可能性は誰にでもあるのです。

「ホームレス」はどのくらいいるの?

公式調査では、全国の「ホームレス」は2008年に16,018人であったのが2014年には7,508人になり(ホームレスの実態に関する全国調査 平成26年1月 厚生労働省)、この6年間で約53%減少したとされています。
また、私たちのフィールドである豊島区では2008年は166人であったのが2013年夏に48人になった(平成25年夏期 路上生活者概数調査 東京都)とされており、減少率はなんと約70%ということになります。
このように急速に減少しているならば喜ばしいことですが、問題は、これらの公式調査が「平日の昼間、道路や公園などで生活していると思われる人」を数えたものであることです。
ここ数年、街のすみずみまで寝泊まりさせないためのバリケード設置などが進んで、昼間でも居られる場所はどんどん少なくなりました。ほとんどの方は、夜だけ駅や公園、ネットカフェなどで寝て、日中は働いたり街をさまよったりしているのです。
ですから、これらの数値は「ホームレス」の実態を反映したものとは思えません。


2008年 2013年 対象
全国 16018 7508 平日の昼間、道路や公園などで生活していると思われる人  
豊島区(東京都調査) 166 48
池袋(TENOHASI調べ) 130 102 池袋駅とその周辺に寝泊まりしている方

しかし、TENOHASIの夜回りではそれと相反するデータが出ています。毎週水曜日の夜回りで、池袋駅とその周辺で出会う路上生活者の数は2008年が平均で130人、2013年が同102人です。約22%しか減少していません。さらに、豊島区に多いネットカフェやファーストフード店などで夜を明かす人たちも含めれば最低でもその2倍になると思われます。

どうやって暮らしているの?

これも人それぞれ、さまざまな暮らし方があります。

派遣や日雇いの仕事をしている。
アルミ缶を集めてリサイクル業者に売っている。
読み捨てられた雑誌を拾って露天商に売っている。

この3つが、池袋の3大産業?です。
多くの方は、これらの仕事をして
月に数万円の収入を得て暮らしています。

そのほかに、少数派ですが
飲食店の残り物をもらっている。
各地の支援団体の炊き出しや、
役所でくれるクラッカーなどを食べている。
自販機や路上に落ちているお金を拾っている。

などの方法で厳しい生活を送っている方もいらっしゃいます。
どれも容易ではありません。

なぜ抜け出せないの?

ホームレス状態に陥ってしまうと、そこから自力で抜け出すのはきわめて困難です。
住所と携帯電話のない人を雇ってくれるところはまずありません。また、その弱みに付け込んでただ働きをさせる悪質な飯場がたくさんあります。
そこで、行政の支援策を使うことになります。支援策は主に就職を目指す「自立支援事業と、最低限の生活費と家賃、医療費などを補助する「生活保護」の2つです。

学歴や経験・技能や資格がある方なら、あるいは家族や友人の支援があれば、いっときホームレス状態に陥っても、抜け出すのはさほど困難ではないかもしれません。自立支援事業を利用して就職活動をすれば、有資格者などを求めている企業は見つかる可能性があります。
しかし、多くの方はそうではありません。それらの方がホームレス状態から脱出するのは容易ではないのです。

「努力しても結局どうにもならなかった、自分はダメな人間だ」とおっしゃる方に多く出会いました。家庭の貧困や障がいのために学歴も技能もなく、虐待やいじめなどのつらい経験をたくさんされてきた方がたくさんいらっしゃいます。将来に対する強い不安を持っている方がほとんどです。そしてホームレス状態になってしまうと、ストレスから“うつ”などの精神障がいを抱える方も少なくありません。

仕事につけなければ、最後のセーフティーネットである生活保護を利用することになります。しかし、生活保護が認められても、行政に指定された宿泊施設が劣悪で、障がいがあるために、集団生活でいじめに遭ったり、疲労や不調などで感覚的に繊細な状態になって耐えられなくなったりして路上に戻ってしまう方がかなりの割合でいらっしゃいます(非公開のデータですが、ある施設では生活保護を受けて入所した人の半数以上が入所中に逃げ出して「失踪廃止」となっています)。

そのような方が再度生活保護を申請すると「脱落者」としてさらに劣悪な施設に行かされることもしばしば。そのような経験を繰り返すと「こんな思いをするくらいならもう『ホームレスのままがいい」と思って「路上に引きこもり」状態になることも少なくありません。路上生活歴の長い方の多くがそのような経験をされています。

〜POINT〜行政の支援策には、「自立支援事業」と「生活保護」があります。しかし、精神障がいがあったり、支援途中にいやな思いを経験すると、路上からの脱出を拒否する人もいます。

どういう支援が必要なの?

1人1人にあった支援、これに尽きます。

社会経験豊富な方ならば、行政の支援策を説明したパンフレットをお渡しして、自力で申請していただくだけで終わります。働ける方は就労へ、それが難しい方は生活保護で、自分らしい生活をいとなむことができます。
しかし、多くの方はそうではありません。

制度をよく知らない方が生活保護を申請しようとして役所の窓口に行っても、あれこれ詮索され、嫌みを言われ、申請しないように仕向けられることがしばしばあります。また、「相部屋の寮は耐えられない」とおっしゃる方にしばしば出会いますが、その中には診断を受けていない発達の障害で感覚の過敏のある方がいらっしゃいます。それをうまく説明できないと相部屋の寮に入るよう指示され、多くの場合、失踪してしまいます。これらの方々には、支援者が同行して、行政との折衝のお手伝いをする必要があります。

アパートで暮らし始めてからも、仕事や日中活動、毎日の家事、体調の変化への対応、孤独に陥らないための仲間や居場所など、さまざまなモノ・スキルがないと安定した自分らしい生活はいとなめません。家族がいて社会生活をいとなんでいる方にとってはあって当たり前のこれらを、1回すべて失った方が取り戻したり新しく作り上げたりするのは容易ではないのです。そのような方々を1人1人支援していくには滴が石をうがつような忍耐が必要とされます。


「制度の谷間」とは?

私たちが支援している方の中でもっとも大きな困難を抱えられているのが「制度の谷間」に落ちて「ホームレス」になった方です。

福祉の「制度」は、もともと「困難を抱えた誰か」のためにつくられたものですが、それが固定化すると逆に「制度」が人を選ぶ――その「制度」が認めたタイプの人しか助けない――ということが起きてきます。福祉の「制度」と「制度」のあいだに、どの制度からも見捨てられた人たちが落ちる「谷間」ができるのです。

あらゆる制度には適用の条件があるため、福祉の「制度」と「制度」のあいだに、
どの制度からも見捨てられた人たちが落ちる「谷間」がある。

たとえば、ある人が「困っている人を助けよう」と思ったとき、次にやってくるのが「誰から助けるべきか?」という難問です。そしてほとんどの場合、人は、わかりやすく目に見えるタイプの困難を抱えた人から助けます。そして「見えにくい障がい」「理解されにくい悩み」「共有されにくいストレス」などで困難を抱えている人は後回しにされるのです。ここに「谷間」ができます。

長期間路上生活を続けておられる方の多くは、このような見えにくい困難を抱えて、誰からも助けられず、路上しか生きる場所を発見できなかった人たちです。
制度の谷間に落ちてもがいている方々であるといっていいでしょう。
そして、そのような方々が心身ともにぼろぼろになって、最後の力を振り絞って「制度」に助けを求めたとき、「制度」は疲れ果てた人々に対して、「自分がどのように困っていてどうして欲しいのか説明せよ」と迫ります。そして「制度」は、その説明に満足できないと「甘えてる」「我慢しなさい」「がんばりなさい」といって見捨てるのです。
私たちの経験では、そのような方々が自分の困難を客観的な言葉で語れるようなるまでには、長い回復の期間が必要です。






たとえばこんな方がいらっしゃいました。
50代の男性です。路上生活から生活保護を受けられましたが、ケースワーカーや病院との約束の時間を守れず、注意されると失踪→生活保護廃止を繰り返していました。TENOHASIの生活相談に来られ、シェルターに入られました。半年近くシェルターでおつきあいした結果、若年性の認知症であると判明。現在は介護保険のヘルパーを利用しながらアパートで暮らしています。
もしも、支援者(通常は家族)と居場所(シェルター)がなくて、彼の認知症を発見したボランティアの医師がいなかったら、いつまでも路上から脱出できなかったでしょう。
制度が存在しても、誰かがつなげなければ存在しないのと同じということです。

私たちが日々出会う方々は、「制度」が認めてくれなくても、現実に困難を抱え、苦しんでいます。
ここに、「制度」が何といおうと、日々発生するニーズとトラブルに対応していくという困難な闘いが続けられる必要が生じるのです。

*「制度の谷間」とはもともと「難病指定を受けていない難病の患者」や「確定診断がつかないために援助を受けられない患者」の方々の生きづらさに対して使われるようになった言葉です。

自己?+責任?

★自己?+責任?
ホームレス状態に陥ったのは自己責任であるか、あるいは社会または政府の責任であるか…という議論があります。
哲学的には果てしない探究を呼び込むトピックです。

まず、人は生まれつく環境は選べません。
人間は不平等で、誰もが能力、やる気、家族に恵まれるとは限りません。
日本国憲法は国民すべてに生存する権利を保障しています。
しかし、権利を利用する能力が不平等なのです。

ただ、生きたくないような環境しか与えられなくても、まずは自分で変えられることがないかと考えてみることは、生きていく上で役に立つかもしれません。
国際調査のデータでは、日本は年間約3万人の自死者をうみ出しながらも「生活困窮者を国が援助すべきではない」と回答する人が世界最高水準の38%に上る(「増税は誰のためか」神保哲生他2012)不思議な国です。

皆さんはどのように考えられるでしょうか?

ぷろふぃーる

「制度の谷間」に落ちるということがどういうことなのかを実感していただくために、私たちが出会った方々の事例をご紹介します。

*皆さんから聞き取った内容をもとに典型的な事例に再構成しました。
*モデルになった方の承諾を得ています。


生きる理由が問われた
☆「父親からバットで殴られていました。肉親が相次いで自殺し、再起をしようとした寸前で詐欺にあい家を失いました」。生活保護を知らなかったそうです。精神疾患を発症して死ぬしかないと思いつめられていたときにTENOHASIに出会い、生活保護で入院。退院後は、アパート生活をされています。アパート生活も路上生活も、苦しいのは変わらないのですねとおっしゃっていました。


自分が困っているかわからない
☆極貧家庭で育ち、両親から「早く働いて仕送りをせよ」と強要されていたそうです。面倒なことにならないように、いわれたことには何でもハイと答える習慣が身につき、自分が困っているかどうかもわからなくなりました。疲労や空腹をぼんやりとしか感じられず、ボロボロになっても働き続けようとしました。また噂話を真に受けてパニックを起こす障がいもありました。TENOHASIの炊き出しで出会い、現在は生活保護でアパート生活をされています。


義務教育を受けたことがない
☆「義務教育は受けたことがない。自分の名前しか(文字は)書けない。山奥で牛の世話をしながら生きてきた」とおっしゃっていました。午後3時に待ち合わせをしたら朝の9時からその場所で待っておられました。TENOHASIのシェルターにご案内しましたが、いつの間にか、どこかへいなくなっていました。


父親の暴力から逃げてきた
☆「小さいころ、父親から暴力を受けていました。逃げるために家出を繰り返しました。あるとき、母親が自殺していたのを知りました。私は覚悟を決めて、公園で暮らすことにしました」。父親はこの方の障がい者手帳を作り、障がい者年金の手続きをしていたことが、あとからわかりました。しかし、その年金がご本人の手に届くことはなかったそうです。TENOHASIの支援で生活保護を申請し、住居を確保。現在、年金を取り戻す手続きもしています。


特殊学級を出て
☆中学の特殊学級(いまの特別支援学級)を出られましたが、計算が全くできず、いつ怒られるかといつも不安だったそうです。「子どもや動物のように、お金のない世界で生きたい」とおっしゃっていました。
工場に就職した10代のときに、同僚から、酒とシンナーを教えられ「死ぬ一歩手前までいった」。両親が亡くなったあとは、兄弟から見放され路上生活に。それから20年あまりを路上で過ごすなかで、いろいろなタイプの施設にも入ったそうですが、「人間関係が怖くなって」無断で施設からいなくなることを繰り返しました。TENOHASIの夜回りで出会い、現在は、金銭管理と服薬支援によって、アパート生活をされています。


ごみ屋敷
☆軽度の知的障がいがあり、自衛隊で働いた時期もあったのですが、精神疾患を発症して、長いあいだ精神科病院に入院されていました。退院後「いろいろあって」路上生活になったそうです。いろいろと、というのはどうも、「部屋の片づけができない」ことだったようで、部屋がごみ屋敷になって、追い出されてしまったようです。
TENOHASIの支援で生活保護でアパートに入り、ボランティアスタッフが入れ替わり立ち替わり部屋の掃除を手伝っています。最近は、公的なサービスも利用できるようになりました。


アルコール依存症
☆「刑務所を出たあと、まじめに何十年もの間、同じ会社に勤めた」が、いつまで経っても正社員にしてもらえなかったそうです。しだいにお酒の量が増え、依存症になって路上生活に。TENOHASIの支援で生活保護を受けてアパートに入居されましたが、聴覚が過敏で、隣人の物音が気になってストレスになりました。お酒はやめられず、現在は長期入院となっています。


裸で路上にいたお婆ちゃん
☆70歳を超えた女性の方と、駅の地下で出会いました。裸で寝ていました。両親の残したアパートを経営されていましたが、幻覚妄想の統合失調を発症して入院し、その間にアパートが人手に渡ってしまったようでした。本人は、今でも自分のアパートがあると言っています。TENOHASIの支援で生活保護を受けて精神科病院への入院となりました。退院後は、介護を受けながらアパートで穏やかに暮らしています。


単身生活の認知症者の行方不明者は多い
☆アパートで単身生活をされていましたが、認知症が悪化してアパートに帰れなくなってしまい路上生活となりました。このような認知症の方が公的な支援を受けるためには介護保険の申請をしなければならず、そのためには住所の設定が必要です。しかし1人暮らしができない認知症の方が入居できる部屋などありません。とりあえずTENOHASIのシェルターで保護して生活支援をし、今は介護保険を利用して老人施設で生活されています。


難病だとわからず、いじめを受け続けてきた
☆皮膚の難病で、精神疾患の合併症もおもちでした。その皮膚のために、ひどいいじめを受けてきたとのことでした。しかし、誰にも病気を発見されず、本人も病気だとは知らずに生きてきました、簿記の資格も取っていたのですが活かすことはできず、路上生活になりました。そのときに偽装結婚をもちかけられましたが、頼まれると断ることができないため言われるままに偽装結婚して逮捕されてしまいました。出所後、TENOHASIの炊き出しで出会い、病気がわかりました。今は、医療を受けながら作業所に通っています。


余命3か月
☆いつお会いしても、スーツにネクタイの粋な服装をしていた方でした。10年間、空き缶を拾って路上で自立生活をされてきました。いくら支援を申し出ても断られてきましたが、ある冬の日、公園で倒れられたので病院にお連れすると、余命3か月の末期がんと診断されました。
手術を受けて体調は良くなりましたが、その病院には長くいられず、次に移った病院ではベッドに拘束されるような扱いを受けました。そこで、TENOHASIのシェルターで迎え入れ、24時間、ボランティアスタッフが交代で見守りました。おおいに食べて、煙草を吸って、大好きな将棋を指す、という生活を続けられ、一緒に故郷への旅にも行きました。いよいよ起きられなくなったときに、医療相談ボランティアでもある医師の病院が受け入れてくださり、最期まで自分らしく過ごされました。


自死された方
☆刑務所、精神科病院、路上生活、施設とのあいだを、何十年ものあいだ、行ったり来たりしたとのことでした。3度結婚されていますが、いずれも続かなかったそうです。知り合ってから3年ほどおつきあいしましたが、ある年末の夜回りで「年が明けたらもう一度福祉事務所に相談に行きましょう」とお話しして別れた翌日、電車に飛び込こんで亡くなりました。70歳の誕生日でした。あの日に、どこかにお泊めすることができたら自死されることもなかったかもしれませんが、その頃のTENOHASIはシェルターを持っていませんでした。私たちが、シェルターの運営を続けている理由です。


救急車に乗らなかった
☆どこかの病院から無断で出てきたようで、池袋の路上に倒れていました。頭の手術をしたばかりのようで、糸が縫いつけられたままでした。言語は不明瞭でどこの誰かわかりませんでした。救急車を呼んだのですがかたくなに乗車を拒まれたので病院にお連れすることができず、やむなく公園にテントを張って交代で介護をしました。会話はほとんど成立しなかったのですが、体を拭いてさしあげると何度も「ありがとう」と言ってくださいました。何度も病院に行くよう説得しましたが拒否され、やがて意識がもうろうとしてきたときに救急車で病院へ。翌朝に亡くなりました。最期まで、どこの誰であったのかわかりませんでした。


認知症の父と統合失調症の息子
☆親子で路上生活をされていました。何らかのトラブルに巻き込まれて東京に逃げてきたそうです。東京に逃げたあとは、父親が日雇いなどをしながら、障がいのある息子を養っていたようでした。しかし、仕事がなくなって路上生活に。父親は認知症になって行方不明になり、息子さんは駅に取り残されたようです。それから2年間、息子さんは駅の同じ場所で、ずっと立っておられました。自分が困っているかどうかが認識できず、会話がなかなか成立しなかったのですが、夜回りのたびに声をかけるなど少しずつ関係を作りました。ある日、「腰の痛みを何とかしてほしい」と助けを求めてくださったので、医療につなぐことができました。今は治療を受けながら、グループホームに住んでいます。父親の行方はいまだにわかりません。

写真提供 高松英昭
「ホームレス問題について知りたい方へ」のページは
写真家 高松英昭さんの写真提供により制作しました。

著書『STREET PEOPLE』
http://www.tarojiro.co.jp/product/4218/

理解と研究のための参考資料

著作・雑誌

<社会・経済・福祉>

生活保護法の挑戦―介護保険・ホームレスの時代を迎えて 尾藤廣喜・木下秀雄・中川健太朗[編集] 高菅出版,2002
傍観者の時代 ピーター・F・ドラッガー[著] 上田惇生[訳] ダイヤモンド社, 2008
フェミニズムはだれのもの?―フリーターズフリー対談集 フリーターズフリー[編集] 人文書院,2010
フリーターズフリー02号 フリーターズフリー[編集] 人文書院,2008
日本はなぜ貧しい人が多いのか 「意外な事実」の経済学 原田 泰   新潮選書,2009
貧困研究,Vol.1-Vol.8 貧困研究会[編] 明石書店,2008-2012
Q&A 貧困とセーフティネットの基礎知識 平松 茂 明石書店,2009
ケアを問いなおす―<深層の時間>と高齢化社会 広井良典 ちくま新書,筑摩書房,1997
コミュニティを問い直す―つながり・都市・日本社会の未来 広井良典 ちくま新書,筑摩書房,2009
ホームレスと社会Vol1.-Vol.6 『ホームレスと社会』編集委員会 明石書店,2009-2012
新・生活保護バイブル 福島 由恵[著] より良い生活保護委員会[監修] ビジネス社,2005
「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った?~世界一わかりやすい経済の本~ 細野真宏 扶桑社,2009
ルポ 若者ホームレス 飯島裕子・ビッグイシュー基金 筑摩書房,2011
<野宿者襲撃>論 生田武志 人文書院,2005
ハウジングプア 「住まいの貧困」と向きあう 稲葉 剛 山吹書店,2009
貧困のリアル,家族で読めるfamily book series 011 稲葉剛・冨樫匡孝 飛鳥新社,2009
道徳意識と規範の逆説 磯部 卓三 アカデミア出版会,1998
現代の貧困―ワーキングプア/ホームレス/生活保護 岩田 正美 ちくま新書,筑摩書房,2007
社会的排除―参加の欠如・不確かな帰属 岩田正美 有斐閣Insight,有斐閣,2008
<つながる>技術―未来のためのソーシャル・コミュニケーションガイド ジェローム・リス[著]国永史子[訳] 春秋社,2010
増税は誰のためか 神保哲生・宮台真司・神野 直彦・髙橋 洋一・野口 悠紀雄・波頭 亮・大野 更紗・武田 徹 扶桑社,2012
貧困待ったなし!――とっちらかりの10年間― 自立生活サポートセンター・もやい[編集] 岩波書店,2012
ボランティア―もう一つの情報社会 金子郁容 岩波新書,岩波書店,1992
ベーシックインカムとジェンダー―生きづらさからの解放に向けて 堅田香緒里・白崎朝子・野村 史子・屋嘉比ふみ子 現代書館,2011
「ホームレス」襲撃事件と子どもたち いじめの連鎖を断つために 北村年子 太郎次郎社エディタス、2009
共同体的人格と所有―生産・消費関係及び国家の歴史的分析 河野 一夫 批評社,2000
老人介護Q&A ―家族、介護職からの76の質問 三好春樹 雲母書房,1995
貧者の領域―誰が排除されているのか 西澤 晃彦 河出ブックス,河出書房新社,2010
助けてと言えない―いま30代に何が NHKクローズアップ現代取材班[編] 文芸春秋,2010
無縁社会 NHKスペシャル取材班 文芸春秋,2010
ワーキングプア 日本を蝕む病 NHKスペシャル『ワーキングプア』取材班 ポプラ文庫,ポプラ社,2010
チッソは私であった 緒方正人 葦書房,2001
生きなおす、ことば―書くことのちから 横浜寿町から 大沢敏郎 太郎次郎社エディタス,2003
開発空間の暴力―いじめ自殺を生む風景 荻野 昌弘 新曜社,2012
もう、ひとりにはさせない わが父の家にはすみか多し 奥田知志 いのちのことば社,2011
いまこそ考えたい 生活保障のしくみ 大沢真理 岩波ブックレットNo.790,岩波書店,2010
女たちの便利帳<6> 女たちの便利帳6編集室[編集] ジョジョ企画,2009 (女性の活動を紹介する情報誌[全国版])
漂流する発達障害の若者たち―開かれたセイフティーネット社会を 高森明 ぶどう社,2010
<責任>のゆくえ―システムに刑法は追いつくか 佐藤 直樹 青弓社,1995
ひきこもりのライフプラン―「親亡き後」をどうするか― 斎藤環・畠中雅子 岩波ブックレットNo.838,2012
無縁社会から有縁社会へ 社団法人全日本冠婚葬祭互助協会[編]一条真也・奥田知志・鎌田東二・佐々木かをり・島薗進・山田昌弘 水曜社,2012
介護労働を生きる―公務員ヘルパーから派遣ヘルパーの22年 白崎 朝子 現代書館,2009
修復的正義序論 宿谷晃弘・安成訓 成文堂,2010
はじめての参与観察―現場と私をつなぐ社会学 山北輝裕 ナカニシヤ出版,2011
ホームレス自立支援―NPO・市民・行政の協働による「ホームの回復」 山崎克明・奥田知志・稲月正・藤村修・森松長生 明石書店,2006
生きるための経済学― <選択の自由>からの脱却 安富 歩 NHKブックス No.1107,NHK出版,2008
累犯障害者 山本譲司 新潮文庫,新潮社,2009
子どもの最貧国・日本―学力・心身・社会におよぶ諸影響 山野良一 光文社新書,光文社,2008
あなたにもできる!本当に困った人のための生活保護申請マニュアル 湯浅誠 同文舘出版,2005
岩盤を穿つ―「活動家」湯浅誠の仕事 湯浅誠 文藝春秋,2009
どんとこい、貧困! 湯浅誠 イースト・プレス,2011
反貧困―「すべり台社会」からの脱出 湯浅誠 岩波新書,2008
貧困襲来―<貧困>は自己責任じゃない 湯浅誠 山吹書店,2009
若者と貧困―いま、ここからの希望を(若者の希望と社会3) 湯浅誠・冨樫匡孝・上間陽子・仁平典宏 明石書店,2009
漂流老人ホームレス社会 森川すいめい 朝日新聞出版社,2013
女性ホームレスとして生きる-貧困と排除の社会学 丸山里美 世界思想社,2013



<医学・療育・教育・心理・哲学>

つながりの作法―同じでもなく 違うでもなくでもなく 綾屋 紗月・ 熊谷 晋一郎 NHK出版 生活人新書335,2010
愛するということ「自分」を、そして「われわれ」を ベルナール スティグレール[著]ガブリエル・メランベルジェ/メランベルジェ眞紀[訳] 新評論,2007
大人の発達障害―アスペルガー症候群、AD/HD、自閉症が楽になる本 備瀬哲弘 マキノ出版,2009
実践入門・解離の心理療法 初回面接からフォローアップまで 細澤 仁 岩崎学術出版社,2012
生きづらさはどこから来るか―進化心理学で考える 石川幹人 ちくまプリマー新書,筑摩書房,2012
こども、こころ学―寄り添う人になれるはず 石川憲彦 ジャパンマシニスト社,2005
心の病いはこうしてつくられる―児童青年精神医学の深渕から 石川憲彦・高岡健 メンタルヘルス・ライブラリー,批評社,2006
発達障害という希望―診断名にとらわれない新しい生き方 石川憲彦・高岡健 雲母書房,2012
二重洗脳―依存症の謎を解く 磯村 毅 東洋経済新報社,2009
DVD+BOOK 認知行動療法、べてる式。 伊藤絵美・向谷地生良 医学書院,2007
マインドフルネスストレス低減法 ジョン・カバットジン[著],春木豊[訳] 北大路書房,2007
マインドフルネスを始めたいあなたへ―毎日の生活でできる瞑想 ジョン・カバットジン[著] 田中麻里[監訳]松丸さとみ[訳] 星和書店,2012
マインドフルネス・瞑想・座禅の脳科学と精神療法 貝谷久宣・熊野宏昭 新興医学出版社,2007
身近なことから世界と私を考える授業―100円ショップ・コンビニ・牛肉・野宿問題 開発教育研究会[編著] 明石書店,2009
加藤 智弘 Psycho Critique17,批評社,2012
きびしい時代を生きぬく力 香山リカ・江川紹子 岩波ブックレットNo.803,岩波書店,2011
「コミュニケーション能力がない」と悩むまえに―生きづらさを考える 貴戸理恵 岩波ブックレットNo.806,岩波書店,2011
バーンアウトの心理学~燃え尽き症候群とは~ 久保真人 サイエンス社,2004
ストレスに負けない生活―心・身体・脳のセルフケア 熊野宏昭 ちくま新書,筑摩書房,2007
マインドフルネスそしてACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)へ―21世紀の自分探しプロジェクト 熊野宏昭 星和書店,2011
実存から実存者へ エマニュエル・レヴィナス[著] 西谷修[訳] ちくま学芸文庫,筑摩書房,2005
弁証法的行動療法 実践トレーニングブック 自分の感情とよりうまくつきあっていくために J.マッケイ・J.C.ウッド・J.ブラントリー[著] 遊佐安一郎・荒井まゆみ[訳] 星和書店,2011
震災トラウマと復興ストレス 宮地尚子 岩波ブックレットNo.815,岩波書店,2012
自閉っ子のための努力と手抜き入門 ニキ・リンコ×浅見淳子 花風社,2012
愛着崩壊 子どもを愛せない大人たち 岡田 尊司 角川選書,角川学芸出版,2012
発達障害と呼ばないで 岡田 尊司 幻冬舎新書,幻冬舎,2012
学習障害 発達的・精神医学的・教育的アプローチ 斎藤久子[監修],石川道子/杉山登志郎/辻井正次[編著] ブレーン出版,2000
発達障害が引き起す二次障害へのケアとサポート 斎藤万比古[編著] ヒューマンケアブックス,学研,2009
介護スタッフのための安心! 認知症対応 清水裕子・峠哲男 秀和システム,2012
子ども虐待という第四の発達障害 杉山登志郎 ヒューマンケアブックス,学研,2007
ストレスマネジメント・テキスト ストレスを知り、じょうずにつきあうために! ストレスマネジメント教育実践研究会(PGS)[編] 東山書房,2007
発達障害と向き合う 竹内吉和 幻冬舎ルネッサンス新書,幻冬舎ルネッサンス,2012
大人の発達障害 滝川一廣/小林隆児/杉山登志郎/青木省三[編集] そだちの科学,第13号,日本評論社,2009
発達障碍の理解と対応 心理臨床の観点から 田中千穂子[編著] 金子書房,2009
支援から共生への道 発達障害の臨床から日常の連携へ 田中康雄 慶応義塾大学出版会,2009
バーンアウトの理論と実際 心理学的アプローチ 田尾雅夫・久保真人 誠信書房,1996
感覚と運動の高次化からみた子ども理解 障害児の発達臨床Ⅰ 宇佐川浩 学苑社,2007
感覚と運動の高次化による発達臨床の実際 障害児の発達臨床Ⅱ 宇佐川浩 学苑社,2007
べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 浦河べてるの家 医学書院,2002
気になる子どもとシュタイナーの治療教育―個性と発達障がいを考える 山下直樹 ほんの木,2007
降りていく生き方―「べてるの家」が歩む、もうひとつの道 横川和夫 太郎次郎社エディタス,2003
逆システム学 金子勝 岩波新書,2004
自閉症の倫理学 デボラR.バーンバウム 勁草書房,2013
イラク人質事件と自己責任論 佐藤真紀、伊藤和子 大月書店,2004



研究論文

WISC-Ⅲにみられる高機能自閉症スペクトラム障害と他の発達障害の反応内容の相違 黒田美保 淑徳心理臨床研究,第9号pp1-6,2012
東京の一地区におけるホームレスの精神疾患有病率 森川すいめい・上原里程・奥田浩二・清水裕子・中村好一 日本公衆衛生誌,第58巻第5号,pp331-339,2011



研究誌等投稿

路上生活を余議なくされている障がい者たち ぼとむあっぷ研究会 NHKテキスト社会福祉セミナー,第78号,pp13-17,日本放送出版協会,2010
活動の始まりの頃 路上生活者支援から生活困窮者支援へ 的場由木 こころの健康第27巻第1号,pp81-85,金剛出版,2012
研究ノート 路上状態にあった人への理解と支援に関する検討と考察 森玲子 淑徳心理臨床研究,第9号,pp27-43,2012
支援が届いていない人に、支援を届けるということ:こころのケアの現場から(特集 大震災は終わらない) 森川すいめい 現代思想40(4),pp112-118,2012
被災地で「どうして生きなきゃいけないのか」と問われた時(総特集 東日本大震災と<こころ>のゆくえ)―(<こころ>の臨床) 森川すいめい 現代思想39(12),pp67-73,2011
ホームレス者のうそ―生きる権利という私たちの課題 森川すいめい・池田亜衣・宇賀神恵理 こころの科学,156号,pp61-65,日本評論社,2011
現代日本の貧困/生活困窮者とメンタルヘルス~路上生活者研究から見えてきたこと 森川すいめい・池田あい・奥田浩二・中村あずさ 心と社会,No.142,41巻4号,pp60-65, 2010
援助技術 路上からのリカバリーを阻む壁を越える―障がいという視点 森川すいめい・森下絵理(他) ホームレスと社会vol.4,pp98-104,2011
サービスを受けようとしない理由―精神面から 森川すいめい・中村あずさ Shelter-less(24),pp89-97,2005
池袋野宿者の高血圧と生活習慣病―池袋医療班の試み(特集 路上死をなくすために―全国の健康支援活動) 森川すいめい・中村あずさ・熊谷知子(他) Shelter-less(19),pp84-100,2003
援助技術・ホームレス状態にある市民を理解し支援するために 奥田浩二 ホームレスと社会,vol.3 ,pp90-95,2010



活動報告書等

援助指針~障がいを持つ生活困窮者を支援するための考え方~ 森川すいめい,ケアのあり方検討準備会 独立行政法人福祉医療機構平成22年度社会福祉振興助成事業報告,2011
2010年度活動報告書 ―世界は ここから― 東京プロジェクト(医療・福祉の支援が必要なホームレス状態の人々の精神と生活の質向上プロジェクト) 特定非営利活動法人 メドゥサン・デュ・モンドジャポン
2011年度活動報告書 ―世界は カラフル― 東京プロジェクト(医療・福祉の支援が必要なホームレス状態の人々の精神と生活の質向上プロジェクト) 特定非営利活動法人 メドゥサン・デュ・モンドジャポン